セラピールーム耀 よう

心身を調節し統合するセラピー

ボディサイコワーク体験 8月セクシャリティーⅡ

8月のワーク体験  セクシャリティⅡ

骨盤のエクササイズ

正面を向き合って二人ペアで向かい合って相手の目を見る。肩の幅に足を広げて立ち拳を前に突き出し胸をはりやや後ろにひいて40分立ち続けるのだ。10分もせず、腕が重くて肩がとてもつらくなってくる。骨盤を小刻みに振動して身体は調整し始める。肩の痛みと辛さを手放すのにうなり声を出し続けるしかない。相手の目を見てエネルギーを吸収し、声をだしてエネルギーを放出する。6人でやっているので、やめるわけにはいかない。時間が気になるけど、後半はストレスハイで思考は吹き飛ぶ。クールダウンして歩き終了。究極の状態を経験した。途中、怒りがわいてきて、後半は怒りを手放し、怒りをあきらめ放心状態になる。そうしながら骨盤は勝手に動きだした。

骨盤の動きをペアで確認する。方向は前(骨盤後傾)、後ろ(骨盤前傾)では、前の動きが小さく、前後に動かすと腰が痛くなりそう。伴う心象は、「お父さんの方へいくな」父母が離婚した時の私の心象だ。左右側方への動きでは、右が抵抗する。右は能動の方向なので、父親の方にいけないということだ。心象は「お父さんの方へいってはいけない」という母の声。左後方から右斜めの動きは、やはり、右への動きが止められる。右後方から左斜めへの動きは、右と比べて自由だ。右回転では、前に傾く動きが乏しい、恥骨が前にだせず、おちんちんをまえに出せない。

セクシャリティーの3つの層の確認をする

オーガズムの層

1層:射精できるか、オーガズムを感じられるか、相手を感じさせられるかの心配、:骨盤が全く動かない、SEX初心者

2層:社会的、因習的、宗教的な罪悪感、実存的個人の快楽を得ることの罪悪感、:骨盤の動きに偏りがある

3層:本当に私は愛されているのだろうかの不安、遊ばれているのではないか、相手にゆだねて、私には、主導権がない。依存的領域 この層の理解には、依存を自立する人間的解釈が必要。投影転移に気づくこと。

骨盤解放のワーク

私は中学1年の時に父母が離婚した。出て行った父をとても憎んでいた。母親にみたてた相方に宣言する。私「あの時は辛かっただろうけど、あなたは、夫婦解消したけど、あの時、俺にとっての父親は存在していた。お母さんは父親のこと悪く言うし、お父さんは、お前のこといらんて言っていたと聞かされた。俺も、家族を捨てて逃げた不潔なやつだと当時は父を恨んだけど、今はわかるんや。お父さん、決して満足なかったで、身が切られるほど、つらかったんやで。ちがうか、お母さんは俺に憎しみかぶせんでよかったんやで。夫婦の関係と、俺とお父さんの関係は別やったんや。あの時、お母さんは、環境変えたくて引越しして、不良の友達の縁を切ろうとしたけど、俺は、父親も友達も2つも失しない絶望した。こう言って欲しかった。このお金でお土産買って、妹とお父さんの家に遊びに行っといで。お父さんの顔だけでも見てきたらどうや」

母「お前の言うとうりや、ごめんな、お母さん生活のことで一杯で、お前の気持ちをわかってやれなかったな。ごめんなさい」

私「そうか、わかってくれて、ありがとう、もうどちらも恨んでないで」

サイコドラマは続く。

父親の家に到着。父親「よく来たな、あがれや、俺の息子と娘や、こっちは、かみさんや。」

「こんにちは、おじゃまします、来てよかったかな」 妻「ゆっくりしていってね。お父さんもすごく楽しみにしていたのよ」 私「ありがとうございます」 私「お父さん、今度妹と3人でテニスしようよ」 父「妹はテニス部やけど、お前できるんか、できないのやったら教えたるで」 私「教えてくれるの、うれしいな。高校のことも相談していい。高校行ったほうがいいかな」 父「そりゃ、?行きたかったら行かなあかんで」 私「私学でボクシングしたいねんけどな、うち金ないやろ」 父「行かしたるで、金なら、ちゃんと用意してあるわ」 私「俺な、ぐれて何人もけんかして、けんか強いことわかってん、だからボクシングやりたいねん」 父「そうせい、応援する、チャンピオンになれよ」

ワークが終わって、骨盤の可動を確認した。骨盤の可動しにくかった右と前の方向が大きく可動しており、心が変わると、体も共に変わることをまた体験した。心と体は正に一つである。

健康むら健康塾21 

8月6日  健康塾参加のみなさんありがとうございました。

次回9月3日 10時半 「さらら仁川音楽スタジオ」です。

 

 

「心身をするボディサイコワーク」

1. 由来

・ライヒ派セラピーから学ぶ心身統合

生体エネルギーの抑圧を解放し、体全体に行き渡らせる

バイオエナジェティクス   ボディワイズ

心理学から

・運動療法を基にしたセラピー

ストレッチしながら強化する       可動と安定

筋肉の使い方  速さとタイミングを合わせた協調

インナーマッスルを使えるようにする  安定と可動

・西式甲田療法から学ぶ心身統合

六大法則

甲田先生の教え

・東洋医学から学ぶ陰陽五行

陰陽論

経絡、気の流れ

脈動 皮膚のみかた

・タロットカード、占星術から学ぶ人の成熟成長

 

2. 運動とセラピーのテーマ

①骨盤調整

骨盤はからだの中心で要

背骨と股関節とつながり上半身と下肢に影響する

丹田の充実  インナーマッスルの使い方

前に傾くと腰が反り、腸を圧迫し、後ろに傾くと背が丸くなり胸をすぼめる

ポイント

呼吸をしながらお腹のインナーマッスル(深部筋)を使う

骨盤は小さく動き、力に頼らない

②首と肩の調整

首、肩甲骨、肩 の連結

可動と安定

首のゆがみが背骨と全身構造に影響する

③各調整法の紹介

・足関節 足指 ・ 膝 ・ 骨盤、腸 ・ 背骨、肋骨、肺、呼吸 ・ 肩甲骨、肩 腕 手首 指

顎関節

④可動をふやすためのストレッチとムーブメント

マッサージ、動かしながらマッサージする方法

7つの姿勢変換、 左右別々の運動

3. ワークのテーマ

・姿勢分析    ・呼吸分析  ・アニマルワーク  ・鬼ごっこのワーク  ・センタリング

・グランディング ・声のワーク ・チャクラと倍音   ・ダウンジング チャクラの色

・リラクゼーションのためのイメージワーク

理論

エネルギーサークル

思考(脳)・感情(ハート)・行動(筋、骨格) の統合

自律神経の調節

4. 過去3年半のトピックス

・スマートノート(認知を変化) ・クリスタルボール ・宇宙語  ・ 視力回復法

・ゲストによる気功入門

5. 心身の変化に気づく

身体の形  可動(広がりやすさ)  安定(支えやすさ) 体の軽さ   体の癖と感情

「センタリング 中庸」健康むら通信43号 平成29年7月

センタリング(中庸)
ンタリングとは、日本語では「中庸」であり、かたよらないことと思われています。また釈尊が「極端な断食修行と欲望追求のどちらにも悟りの道はない」と説いたことでも有名です。
センタリングの本来の意味は、両極の真ん中で安定し動揺しないでいることです。振り子に錘(おもり)をつけて両端に移動していることを想像してみてください。小さい錘をつけて振れば振り幅は小さく、真ん中で止まるのに時間を要します。重たい錘をつけて振れば振り幅は大きくなり、真ん中で速く安定して止まります。(両極をポラリティーといいます)図1 センタリングを行動と感情と身体にわけてみていきます。
「行動のセンタリング」
動く・止まる、吸う・吐く、前進する・後退する、問題に向かう・問題を避けるなど、どの行動においても両極は存在します。もしも動くことだけが良いことだと思いこんでいる人は、止まっている人を見ると腹がたつでしょう。動くのも止まるのも同等に大事だと知っている人は、他人の行動をみても、今は動いている、今は止まっていると中庸に認識できるでしょう。
錘がたくさん振れる人は、エネルギーを大きく使い、極がきわまり反対にも大きく振れるので、動いた後のリラックスも深くなります。自律神経が関与します。極をきわめて限界に挑むと、錘は大きく振れセンタリングも強くおきて安定します。錘を振る容量が小さいと安定しません。私は職場の人間関係の緊張が高く、ちょっとしたことで動揺し行動も固まった経験があります。自分の衝動や感情、思考からの命令で、どちらにも大きく振れる行動がとれるようになると、気持ちの動揺はおこらなくなりました。
また静から動のように、すぐに両極に移行できるエネルギーが高いと、どちらの行動もとれるので、自由性が増し自分の人生の主導権(アイデンティティー)が手に入りやすくなります。両極を波にたとえるなら、波の頂点は終わっているのにまだ動こうとすると、過充電(オーバーチャージ)になり振り子はくるくる回りだします。超過勤務で限界を超えて仕事を続けていると、寝ていても交感神経が暴走し眠れなくなります。ストレスハイが続くのは、とても危険な状態で命に関わります。
また振り子が振れない状態とは、自制して行動を抑制しているか、エネルギーを使ってどきどきすることをあきらめた状態でしょう。同じように錘は止まっていても、安定とは反対の状態です。
「感情のセンタリング」
感情のセンタリングの両極には、どのようなことがあるでしょうか。自分の中の「感情の快、不快」は、ちゃんと感じていますか。心地よい状態を感じないと、人は吸収することはできません。悲しみの中では、いくら空腹であっても食事は味気なく吸収できません。楽しいと思っているから、学んだことも吸収できます。自分に最適な環境づくりをして、快の状態を築くのは大切です。環境づくりをせずに、我慢が美徳と思っていませんか。やりたくないことをやって、本当の満足がないことは多いかもしれません。
また、「感情の自制・開放」はできていますか。感情をだしてはいけないときは自制し、開放するときには表現できることは大事なことです。私は感じていても素直に表現するのは苦手で、まだまだ自制していることが多いです。
「感情の吸収と排出」はできていますか。いろんな感情を伴う経験をして喜びや満足を吸収し、ストレスやいやなことは排出していますか。いやなことまで吸収していませんか。人の排出は腸でおき、腹にためないことは大事なことです。
「身体のセンタリング」
身体にも正中というセンタリングがあり、安定しているとは、どの方向にも自由に動けることです。体が前屈、後屈、 回旋、 側屈したときに左右差はありませんか。どちらかに動きにくいですか。体のどこかに分断がおきていませんか。その原因を行動、感情のセンタリングと共に探っていきます。

岡山 大井川のふもとのさくら

2017(平成29)年4月8日  DYE   ボディーサイコワーク体験 共鳴(レゾナンス)

気づかなかった自分に出会えたワーク

 

離婚して家を出て行った父を恨んで赦さなかった私、父のようにはなるまいと怒っていた私、生前に会って話をしておきたかった私、父を常に心の奥底で意識し、コンタクトをとりたかった私、父と同格に並んでほめられ認められたかった私。頑張っていないと父に認めてもらえない、無意識な脅迫的な衝動があるので、のんびりする空白がたまらなく恐かった。何かしてないと落ちつけない、オーバーチャージ(過充電)することこそが、私の長所、積極性とさえ思っていた。その生き方のしみこんだパターンこそが、人間関係をぎこちなくさせ、しんどくさせる原因だった。

父を見失いたくないので、見える場所だけを見ていたようだ。見る視点を上にあげて俯瞰できたら、他人と私と周りの環境が見え、とるべき戦略が自由に選べる。そうすると、他人との衝突も緊張もぎこちなさもなくなる。

もう父をもう探さなくてよい、父は私の胸の中にいる。父と良い交流をしたかった小さい私も胸の中にいる、また交流できなかった小さな私は、恨んだり文句をいろいろ腹のなかで言っていたが静まり、私の胸のなかで仲良く同居した。

そして小さい私と父は会話した。父「何か知りたいことがあるか?」 私「5年のクラスの時、先生の言うことを聞かないで、友達が騒いでいた。嫌だな早く授業してくれと思った、ぼく間違っている?」

父「何かわかってほしい時に人は2つのことができる。一つは、暴れたり抗議したりしてわかってくれるまで態度で示すこと、もうひとつは、どうせわかってくれないと思ってあきらめること、お前はあきらめたんやろ。本当にわかってほしい時は、自分をもっと主張してもいいんだぞ」 私「わかった、やってみる」

私「まだ聞きたいことがあるんだ」 父「いいぞ」 私「中学になって正式に離婚が決まったでしょ、3年になって引っ越すことになったけど、俺引っ越したくなかったんだ」

父「知っているよ、お母さんは環境を変えたかったんだ」 私「嫌だといって、家出したらよかったのかな」 父「家出は極端だぞ、お母さんにこう言えばよかったんとちがうか」

「お母さんとお父さんは夫婦をやめたけど、ぼくにとっては、ずっとお父さんなんだ、ここには家も学校も友達もいて、懐かしい思い出の場所なんだ、もうこれ以上奪われることはしたくないんだ」

「言えるか、お父さん後ろで見とくから、お母さんに言ってみろ」 私「お母さんに言えたよ」 父「お母さんなんて言っている?」 私「お前の気持ちに気づいてやれなくてごめんなさいて言ってた」

父「よかったな」

小さな私と父は、こうして胸の中で同居し融合し一つになる体験をした。

私のアイデンティティーと思っていた信念が崩れ去った。

私の生きる力はどこにあるのか。

不思議な深い体験、この余韻を今は楽しむことにしよう。

 

 

「陰陽五行の成り立ち」健康むら通信42号 平成29年4月

陰陽五行とは古代中国の哲学の元になる原理です。その後易経など四書五経として哲学が形成されていきました。陰陽とは、月と太陽、夜と昼、地と天、女と男、のように「万物を二分」してとらえる考え方です。また長く続くものは滅びようとし、離れているものは統一されるように、「消長する働き」をもちます。そして陰陽を5つのエネルギーに分け五行とします。その起源を説明します。

 古代の世界観は、地球を中心として太陽と惑星があり、その奥に星座があるように見え、それが唯一の宇宙でした。1929年にハッブル氏が天体どうしが遠ざかっていて、宇宙は膨張していることを天体観測で発見しました。現在においても、宇宙には始まりと大爆発があり、今も膨張し続けていると考えられています。
 ガスのような均一の空間から、重力の力でちりが集まり粒になり、粒が集まりかけらとなり、収縮する力で天体が生まれました。天体は収縮すると中心は熱くなり、臨界点を超えると爆発し膨張し大きく外へ広がりました。収縮と膨張を繰り返すことが、宇宙全体を駆動するエネルギーになると科学では捉えています。
 驚くことに、現代の宇宙科学と、古代中国の世界観は矛盾しません。
 古代中国では、天体や自然現象の観察から、宇宙を含めた世界の混沌とした始まりを「太極」とし、広がり膨張する力を「陽」、縮まり収縮する力を「陰」と名づけました。陽と陰もまた二つに分かれ、陽は、「陽中の陽」と「陽中の陰」、陰は「陰中の陽」と「陰中の陰」に分かれます。 
 「陽中の陽」は、陽ばかりで、上に立ちあがる炎のようなエネルギーにみて、「火」と名づけました。「陽中の陰」は陽の中に陰のエネルギーがあり、それは上にも下にも広がっている、それは上に葉を伸ばし下に根を伸ばす樹木のようなので、「木」と名づけました。「陰中の陰」は、下にくだるエネルギーだ、それは雨が降り山から川、海へ流れていくものだ、それを「水」と名づけました。「陰中の陽」は陰の中に陽があり、下降していくエネルギーと上昇するエネルギーがぶつかり固まる、それを鉱物にみて「金」と名づけました。そして四つのエネルギーを併せもった陰陽挟雑(いんようきょうざつ)する力を「土」と名づけました。万物を陰陽に加え、「火」・「木」・「金」・「水」・「土」の5つの要素に分けて捉えるようになりました。(図1)
 夫婦でいえば、男は「陽」、女は「陰」になりますが、女性ばかりの集団の中でのリーダーは、「陽」となります。太陽に照らされる山の南側が「陽」になり、谷下の山では、南が山のかげになり、北側が「陽」となることもあります。陰陽の関係は絶対的なものではなく、相対的なものとみます。またある五行が、ある五行を強める「相生」の関係と、ある五行が、ある五行を弱める「相剋」の関係をもち、相互に影響を及ぼすと想定しました。
 東洋医学では、身体の臓腑を五行に分け、火を心(心臓、小腸)に、木を肝(肝臓、胆嚢)に、水を腎(腎臓、膀胱)に、金を肺(肺と大腸)に、土を脾(脾と胃)とし、心身の気のエネルギーを調和させ病を改善させようとします。
 マクロビオテックでは陰陽のエネルギーの方向は逆になり、収縮する力を「陽」、膨張する力を「陰」とみます。膨張して分散した端は冷たくなるので「陰」と捉え、収縮したらその中心は熱くなるので「陽」と捉えます。食養として食物の陰陽を比べる場合や、人体の陰陽をみるには実際的だと思いますが、本来の陰陽の原理と混同しないようにしてください。
 陰陽五行の説明は鎌崎拓洋氏に習ったものをもとにしました。

「つまらないと嘆く君へ、若い人々へ」健康むら通信41号  平成29年1月

最近インターネットラジオで、世界中の地域のそこで流行している曲を、いつでも聞けることがわかり驚きました。瞬時に多くの情報を得られる時代になったけれど、何をやったらいいかわからない、何をやっても意味がないと君は嘆いています。白けて、つまらないという声が聞こえてきます。挫折や危機のときは、生きようと求めるエネルギーがありますが、虚無にはそれがないのです。進学や就職をしてみたけれど、学ぶ意味、働く意味がわからない。ネットを消して現実に向き合う時間をつくることから始めますか。

 食べることだけで物語りがあった時代がありました。戦時中は皆空腹で、「食べ物を探すだけで毎日ドラマがあった」と朝ドラでやっています。時代という環境の影響もあるけれど、あなたの内面を大事にしてください。好きなこと、関心のあることを見つけてください。学校や既存の教育の中にはないかもしれません、そこには余計なものがありすぎるから。 「これは面白そう」音楽でも映像でも、直感で瞬時に嗅ぎ分けて君の胸に残るものを大事にしてください。人から学んでもいいし、歴史に学んでもいいでしょう。
 今から千五百年前頃につくられた、「日本の建国の理念」を述べている「大祓詞」を紹介します。神話、おとぎ話だと信じられないかもしれないけれど、君の思考と感情を超えた世界があります。 
大祓詞(おほはらへのことば) 解釈
  「祖神の命令がありました。高天原(たかまのはら)と同じように、地上のすべてのものが清く、正しく、睦まじい心を持って、すべてのものを生かし、伸ばし、育て、互いに手と手を取り合って、足りないところを助け合い、許しあって生きていく国を建設しなさい。どなたを地上に降ろすか神々が議論されました。
  皇御孫命(すめみまのみこと)に対して日本の国が平和に安心して暮らせるように治めなさいというご命令が下されました。日本の国の中に、荒ぶる神等が沢山いましたが、皆で話し合い、反省し合い、磐(いわ)や草木までも不平を言わず鎮まったときに、皇御孫命はこの国へ降りられました。大和の国を統治の根本の所と定められて、立派な宮殿をお建てになり、次第に国民の数も増してきました。その国民の犯す天つ罪・国つ罪(農業に関すること、人々の誕生に関すること)が次第に数多く発生するようになりました。
  これらの罪を祓い清める方法は、天上におられる祖神様の御教えに従って、祓物(はらえもの)を出して祓の行事を行い、天つ神(あまつかみ)の仰せられるお言葉の通り「清く正しく睦じく」致しますと、誓いなさい。そうすれば、高天原におられる天つ神は御殿を開いて、雲をかき別けてお聞きとり下さります。そして、国つ神(くにつかみ)も同じく高い山・低い山の頂きに登られて、諸々の山から立ち上がるもやを、かき分けてお聞き下さります。そうして罪という罪の限りは一切残らず消え失せるのです。
  ちょうど、風によって雲や霧が吹き払われるように、又、大きな船が港から押し出されていくように、又、鋭い鎌で生い茂った樹木を切り払うようになり、罪はきれいに祓われてしまうのです。このように、祓われた罪は、高い山・低い山の頂より落ちて、早川に流れてゆき、その川の瀬におられる瀬織津比売(せおりつひめ)という神によって大海原に流し去られます。さらに、呑み込まれた罪は、息を吹き出す所におられる気吹戸主(いぶきどぬし)という神によって地の底の国へ吹き去られます。そして、最後に、根の国・底の国におられる速佐須良比売(はやさすらひめ)という神が、もんで、さすり消すように罪をことごとく消し去って下さります。
   このように、罪が奇麗に祓い去られますよう、どうか天つ神・国つ神・八百万の神様お聞きとり下さい。」  
 日本は高天原をつくるという建国の理念のもと、震災が何度もきて国が壊れても、その度に皆で助け合って国を再建してきました。住む家が無くなった、震災で身内も亡くなった、いろんなひどいことがあると嘆き悲しむ人の話もよく聞いて、互いに手をとり助け合いなさいと伝えています。私たちの悩みやまちがって犯す罪、自覚しない罪も祓い消し去り、神にゆだねることを教えてくれています。
  「大祓詞」を唱えると、心が落ち着き、とても勇気がわくのです。どんな環境にあろうとも、応じて何かやっていこうと気持ちが前向きになります。
  「大祓詞」は大阪、鶴見神宮の花谷宮司に習いました。

「エネルギーサークルー人のエネルギー循環」健康むら通信40号 平成28年10月

人はだれでも何かをしたいという欲求をもち、そのエネルギーを筋肉に貯めこみ、貯めこんだエネルギーを行動として使い、それを使いながらリラックスして放出していきます。エネルギーを筋肉に貯めこむことを充電(チャージ)といい、行動開始によりエネルギーを放っていくことを、放出(ディスチャージ)といいます。行動が完結すると深い満足を得て、消化、吸収、融合(メルティング)を経て、エネルギーサークルは完結します。そのことが生理的、精神的に人を成長させます。(図1)

例えば、買い物に出かけケーキを買い、家に帰ってケーキを味わいながらお茶を飲み、ゆっくりとした時間を過ごし休息する。休息が終わってから、次の行動をおこしていく。仕事と休息、食事と消化なども当てはまります。ケーキを買ってきても食べずに次の買い物に出かけたならば、エネルギーを放出せず貯めこむだけになります。この状態を過充電(オーバーチャージ)といいます。次々に行動をおこすが、何も完結しないという行動パターンをとります。(図2) その原因は、乳幼児期に行動を完結するまでに「あなた、何してるの!」と怒られたことが、無意識のコントロールを生み行動の完結を抑制します。

また、行動を起す前に、「どうせ私には無理だ」とあきらめてしまい、心の奥にストレスを溜めこむこともあります。その原因は、乳幼児期に行動開始の前に抑圧された経験にあります。「お母さん買ってよ」と言う前に「それ、いらんで!」と怒られた。自分の要求を止めていたら喜ばれたという経験に基づき行動します。このパターンを充電不足(アンダーチャージ)といいます。(図3)

「過充電」と「充電不足」の状態は、正常な「消化・吸収・融合」の状態を通らず健康な成長につながりません。自分のエネルギーサークルを理解し、完結する行動がとれるように導けると深い満足につながり、成長につながります。

人はそれぞれのエネルギーサークルを形成し、エネルギーを過剰に筋肉に溜めこんだり、エネルギーが不足した状態になったりします。それは姿勢に現れ、肩をいからせて筋肉を過剰に硬くしたり、萎えた肩すくめの姿勢や力ない腕や足として現れます。

呼吸は一番短いエネルギーサークルで、「充電」は吸気(交感神経)と関連します。「放出」は、呼気(副交感神経)と関係します。呼気のあと、一瞬無呼吸な状態があり、吸気に移行します。また一番大きなエネルギーサークルは、個としての人生としてとらえられるでしょう。

「自律神経」健康むら通信39号 平成28年7月

 ストレスが自律神経に作用して顆粒球やリンパ球である白血球のバランスが乱れ、免疫力が低下することを安保先生の講演で何度も聞いて学びました。皆様も自律神経についてはすでにご存知だと思いますが、人間におこる反応を3つに分け、それから自律神経について書かせていただきます。
 自律神経は、内臓や心臓の働き、体温や血流調節などの働きに関与しています。意志の力で制御することができないので不随意反応であり、生理的成長を促します。
 一方、筋肉を動かすのは体性神経で、意志で制御できるので随意反応です。この反応は、仕事や学習をして活動しチャレンジを生み、高みに挑戦しようとする人間的成長を促します。
 また、呼吸や排泄は、意識しなくてもできるけど、意識したら制御することができるので、半分の意味から半随意反応となります。この反応は生理的にとても重要な反応です。胸やお腹に大きく呼吸することで精神的緊張を解いたり、内臓系にも影響を与えます。
 自律神経は英語ではオートマチックナーブです。オートマチックだから勝手に上手くやってくれるものでしょう。自律神経は、交感神経と副交感神経がバランスをとりあって調節しています。昼は活動して夜は休んで風呂に入って寝る、動いてお腹をすかして食べて休息する、などのように興奮と弛緩のリズムをとっています。
 自律神経を最大に使うなら、興奮する「踊るような喜び」と、弛緩する「溶けるような喜び」が交替で現れるので、毎日とても楽しいものになります。そのようなリズムを人間はもっています。もしそうならないのなら、その原因は何か、リズムを乱すようなことがあるのか、リズムが抑圧されているのでしょうか。
 1万年以上続いた縄文時代のご先祖は、地球のリズムと同調し精霊たちと共に生き、死者に花をむけ慈悲の心をもっていたようです。野生人であっても殺戮する野蛮人ではなく、寿命は短くても自律神経を最大に使って、精一杯楽しく生きたのだと想像します。
 交感神経の波と副交感神経の波が交互に現れる波形が、正常な状態を表します。交感神経の波に副交感神経の波がかぶっている状態は、落ちこんだうつ状態を表します。副交感神経の波に交感神経の波がかぶっている状態は、ご機嫌やすごい元気のそう状態を表します(図1)。半随意的反応である呼吸は、乱れた自律神経の調節に作用することができます。

「スマートノート」健康むら通信38号 平成28年4月

皆さんは、日記や行動記録をつけておられますでしょうか。私は、過去日記帳を何度も買っては継続できず、手帳にしか行動記録を残していませんでした。普通の日記は全く続かなかった私が、2年半続いている記録方法があります。前号で載せた岡田斗司夫さんのスマートノート術です。日記の記録だけでなく、発想術をあわせもつ自由度の高いノートにすると継続しやすいです。まず基本的な使い方を紹介します。

大学ノートは、左右見開きで普通は左から書いていきますが、左頁は空白のままにして先に右頁にその日の行動記録をつけます。左頁にはその日の感想、連想したことや絵を書いてもいいです。バカヤローと書いて感情の吐き出しに使ってもいいし、閃いたことも左頁に書きます。空白で残してももったいないと思わず、記録を忘れる日があっても細かいことは気にしません。私はその日の行動記録を五行程度、右頁に書き1日から3日で埋まるようにつけています。左頁には、心に浮かんだこと 、緊張したりおちこんだ感情的なこと、新聞雑誌の転記、またこの原稿の下書きなど自由に使っています。発想力と論理力と表現力を少しづつ高めて天才を目指してもいいし、読んでもらえるブログをつくるを目的にしてもいいです。

しかしそれだけではなく記録をつけていると、自分の日ごろの思考と行動と感情のパターン(癖)がわかります。。私は思考だけして行動に移せなかったり、思いついた行動をして継続できない思考と行動のパターンがある、うごめいているものを感じていても素直な感情表現を余りしないという感情パターンがあるなどです。主観や無意識で動く行動を客観でみるのは難しい、書くという思考で自分の感情を理解するのは限界があると思っていましたが、書くことや想いを他人に話すことで、自分に気づくというメリットがありました。

また分析好きなのは頭でっかちな私の癖なのですが、部分にわけて分析するだけではだめなんだ。全体を包み込んだりバランスをとったりする心身一如的、東洋的融合であるお祈りが大事であると甲田先生から習いました。忘れぬよう世界平和の言葉を書いたり、般若心経を書き写すことは心がおちつきます。安らぎのためにノートを活用する使い方もあります。「寝る前には胃が空っぽになっているように!そして世界平和のお祈りをしながら眠りにつく。これを一緒にやりましょうよ」 十七年の年賀状に甲田先生は書いておられました。