セラピールーム耀 よう

心身を調節し統合するセラピー

皮膚の外と中でおこること

2021年8月29日 by Posted in: セラピー


皮膚の外と内でおこること

皮膚の外でおこることとは、風が吹いているとか、相手のしぐさとか、そんなことに気づいているかということ。

皮膚の内でおこることとは、自分の内界でのことで、熱いのか、寒いのか、外でおこったことに対して自分はどのように感じているのか、感覚の他、腹がたつ、おちょくられている、逃げたいなとかの自己の感覚である。

何故、それを自分は感じたのだろう。外胚葉、中胚葉、内胚葉を全部使うと深い言語になる。

感覚も研ぎ澄まされるし、表面じゃなく相手の意図も感じ取れる、別の世界に連れて行ってくれるので、刺激を外に求めなくても退屈しなくなる。

例えば、散歩していて、無風、熱くてどんよりした空気。

汗をかく、しかし案外、足は気持ちいいな、1時間を楽に歩けたらたらうれしいな、足は回復しているな。歩くみたいな単調な運動もいいな。どっか痛いとそればっかりに気持ちとられるけど、交互に足がでるって自信になるんだな。

地面を感じるのは、楽しい作業、一回痛めたり、病気になると、感謝できるっていうけど、その通りだな。痛みというのは、マイナスで悪ということではないんだ。

他日

娘のたあに中古車を共に見に行きたかったけど、あいつに気持ちがないなら、私が空回りしてもしょーがない。見に行かないことにする。

しかし、どうしても中古車を見たい、運転をさせてもらいたいという衝動が押さえきれなくて、行動に移す。車も運転し高速を飛ばして行ったのに、娘は白は好まないと連絡を受けた。購入にいたらなかったけど、帰りの車のなかで、深い満足を得ることができすっきりする。

なんで、娘の車でこんな衝動がおきるのだろう。なにも助けてやれないから、つれなくされても、一緒の目標に取り組みたいだけなのかな。時々おこる車の衝動はどこからくるのかな。

幼稚園の時に、おやじが会社の車借りてきて、乗せてくれたよな。幸せな記憶と繋がっている。

33年前に親父が倒れたとき、奥さんに親父が乗っていたチェイサーが欲しいと言えなかったな。

私は、車のシートと背中で親父を感じれるから、何か用事を作って運転したいんだ。

親父と娘て、全く違うのに、こどもは親父の俺を求めていないのに、ばかだな俺は。


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